衆議院議員 小山のぶひろの活動日記ブログ

このブログは、衆議院議員・立憲民主党静岡県第3区総支部長 小山展弘(こやま のぶひろ)の活動日記です。 ※立憲民主党静岡県第3区総支部の活動範囲は、磐田市、掛川市、袋井市、菊川市、森町、御前崎市の旧浜岡町地区、浜松市の旧春野町地区です。

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「小笠郡に生まれて~榛葉賀津也参議院議員とのこれまで~」 ⑤安保法制可決の夜



「小笠郡に生まれて」
⑤安保法制可決の夜


〇故榛葉達夫先生と平和への思い
 榛葉賀津也さんのお父様である故榛葉達夫先生は、私はお会いしたことはないのですが、菊川町長、静岡県議会議員を歴任した素晴らしいお方だったと伺っています。その榛葉達夫先生は、学生時代に60年安保闘争に参加し、かの樺美智子さんが亡くなった国会デモの周辺にいらしたそうです。榛葉先生は与野党の多くの方から親しまれましたが、その平和に対する思いは、野党の皆様にも一目置かれていたそうです。賀津也さんは、そんなお父様のもとで育ちました。だからこそ、平和に対する思いは人一倍強く、少なくとも私は、国粋的な意味での改憲発言を聞いたことは一度もありません。

〇安保法制可決の夜…疲れきった様子の榛葉さんとお会いして
 2016年の安保法制の可決の際には、60年安保ほどではなかったにせよ、反対の人達が国会周辺を取り巻き、国会内においても野党の反対姿勢はヒートアップしていました。野党の目から見て、どれほど質問への答弁が不十分であっても、どれほど審議が尽くされたとは言えなくても、与党が採決をする、強行採決をするという意思を固めた以上は、可決は残念ながら時間の問題でした。榛葉さんはお父様の達夫さんから60年安保の騒動のことを聞かされていました。2019年のある集会で榛葉さんが語ったところによると、「ここで混乱がさらに拡大し、けが人が出てはいけない、まして命を落とす人が出てはいけない、親父の顔が脳裏をよぎった」そうです。この時に「けが人や死人が出た方がかえって都合がよい」という発言をした議員がいたそうですが、「君は何を言っているのか!」と榛葉さんはたしなめたそうです。ちなみに、この安保法制が参議院の委員会で可決された午前3時頃、私は民進党参院国対委員長室に伺いました。その時の疲れきった榛葉さんの顔が今でも印象に残っています。色々な悩み、葛藤があったのだろうと推察いたしました。

〇「政治には情熱と冷静な現状分析が必要」
 パフォーマンスに走るのではなく、今、最大限にできる具体的なことは何か、雰囲気にとらわれて虚飾をつかむのではなく、実質的なことは何か、榛葉さんは、それを常に考えているように思います。「情熱の男」とキャッチコピーで謳っていますが、実はとても冷静に現状を分析されていらっしゃるように私は思っています。故高坂正堯教授は、政治には情熱と冷静な利害を含む現状分析の両方が必要と書き残していますが、榛葉さんはその両方を兼ね備えているように思います。

榛葉さんの公式HPは以下より。http://www.k-shimba.com/
  

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映画「二之宮金次郎」を観ました!

6月25日、掛川市生涯学習センターで上映された映画「二宮金次郎」を観てきました。二宮金次郎の農村復興、桜町仕法のこと、対立を乗り越え、赦しと和解に至り、一円融合に開眼するところなど感動です。立憲民主と国民民主もこうならないものかなと思います。

  

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「小笠郡に生まれて~榛葉賀津也参議院議員とのこれまで~」 ④ワレモコウ



「小笠郡に生まれて」
④ワレモコウ


〇榛葉さんの息子さんの先輩に?!
 今年の四月、朝早くに集まる会合で、榛葉さんが私に「今度、うちの息子、小山さんの後輩になったから」とお話になられたことを覚えています。同門の後輩のお父さんの選挙であれば、これは頑張らなければならない!と意を強くしています。

〇ワレモコウ…山本武彦教授の言葉  
 私の指導教授の山本武彦先生が語った言葉があります。「ワレモコウというエンジ色の花がある。ワレモコウは花束の中心となる花ではない。しかし、ワレモコウがあるからこそ、他の華やかな花が引き立ち、花束は美しくなる。誰もが皆、目立つ、日の当たるところばかりを歩けるわけではない。自分さえよければいいという姿勢で生きるのではなく、自分に与えられた役割を全うすること、縁の下で支えることも大事なことであることを忘れてはならない」。

〇「焦る、急ぐ、目立つ」  
 政治の分野では、目立ちたがり屋が多く、「焦る、目立つ、急ぐ」という行動原理に陥りがちです。政権に対する牽制のための追及、汚職や癒着の追及を全て否定するものではないけれども、下手なサッカーチームの試合のように、サッカーボール(スキャンダル)にみんなで群がり、パスをする人、パスを受ける人がいないかのように見受けられることもありました。詳しくは書きませんが、メディア露出が多いと、実力以上に世間から評価され、選挙も強くなる傾向があるように思います。そういう人は困難にぶち当たると党を渡り歩いたり、フラフラします。まさに「地上の星」の一節、「名だたるものを追って、輝くものを追って、人は氷ばかりつかむ」を思い出します。私はテレビに出ることにやたらと血道をあげませんでしたが、一方で、自分自身にも焦りの気持ちが全くなかったわけではありません。これは焦りの気持ちを持ってはいけないという自分に対する訓戒も込めつつ書きました。

〇 「パフォーマンスのためにテレビには出ることはしない」
 榛葉さんは、常にワレモコウだったというわけではないかもしれないけれども、「テレビに出ることを目的とするようなパフォーマンスはしない」と常々、お話になってきました。スキャンダルや政権に対する牽制のための追及を全て否定するものではないけれども、榛葉さんは、一議員としては、一つの政策、一つの法案についてしっかりと質問を行い、しっかりと審議することを尽くしてきました。また、テレビに出て派手に立ち回ったり、最近は少なくなった討論番組で目立つよりも、国会対策という裏方の、しかし、なくてはならない縁の下を支える仕事を務めてこられました。

〇野党の法案対応
 悪法が悪法のまままかり通るのがよいのか、修正案を与党が呑むならば悪法の悪影響を少しでも和らげるために賛成すべきなのか、野党と雖も法案対応は常に迷います。後者の典型例が2017年の刑法改正でした。この時は民進党の修正案を与党が呑んだので、私たちは修正案に賛成したのです。枝野さんや福山さんも賛成しました。もちろん、その修正案でも私たちが十分に満足するものではありません。しかし、悪法が悪法のまま通るよりも、その悪影響が少しでも減ることを選んだのです。農協法の改悪や農業競争力強化支援法の際には、修正案を与党は飲みませんでした。従って、我々は反対しましたが、審議拒否は行わず、また、議場を混乱させることもせず、付帯決議という、せめてもの対策を行いました。

〇付帯決議だけでも…
 カジノ法案や働き方改革関連法案対応での榛葉国対委員長の対応は、しっかりと法案には反対するというものでした。但し、法案に反対しても付帯決議を付けて悪法がまかり通ることに歯止めをかけようとし、そのために審議拒否や議場荒らしをしなかったというものでした。維新の党がよくやるような法案や予算案に賛成する対応とは根本的に異なるのです。
 
〇ブレない榛葉賀津也さん
 なお、榛葉さんは2017年の衆院選の際にも、ずっと私を応援していただき、自民党と対決し続けてきました。それだけではありません。2017年総選挙の際には、少なくとも静岡3区においては、希望の党ともしっかりと対決してくださいました。この点では、常に野党の側に立ち、一切ブレていないのです。
 榛葉さんは、他人を蹴落としてまでパフォーマンスに走ったり、テレビに出ることを第一目的に追求することなく、地道に、できることを極大化することをモットーに取り組んでこられたように思います。

〇鹿野道彦 元農水大臣の言葉
 「最近の野党には、頭でっかちで理屈を言うやつばかりが多いが、榛葉さんは違う。泥臭いことも、歯を食いしばって実を得ることもできる貴重な人材。小山君、絶対に榛葉さんを落とすなよ」と電話でお話になったのは、農水大臣を3度も務めた鹿野道彦先生でした。そのとおりだと私も思います。縁の下を支える人がいなくなってはいけないと思います。

榛葉さんの公式HPは以下より。http://www.k-shimba.com/   

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「小笠郡に生まれて~榛葉賀津也参議院議員とのこれまで~」 ③母への言葉



「小笠郡に生まれて」
③母への言葉

 
〇榛葉賀津也さんのお母様
 榛葉さんのお母様ともよくお会いすることがありました。新年のご挨拶で伺った時にも、寒い中、玄関先までお出ましいただき、暖かいお言葉をいただいたことがありました。
 衆議院選挙の際には、希望の党に刺客を立てられて苦戦した2017年の時も、ぎりぎりで当選した2014年の時も、民主党大逆風の2012年の時も、榛葉さんのお母さんは、いつも応援に来てくださいました。私の事務所に来て、事務作業を手伝っていただいたこともありましたし、大雨の降る中、菊川市の噴水公園の街頭演説会に雨合羽を着て、応援に来てくださったこともありました。掛川駅前の街頭演説会に、熱い夏の選挙にも、寒い真冬の選挙でも応援にきてくださったことを私は忘れられません。
 私だけでなく賀津也参議院議員の応援する候補の応援に仲間だからと駆けつけていただきました。

〇榛葉さんのお母様の急逝
 その榛葉さんのお母様が昨年12月29日に他界された。おせち料理を作り、お孫さんたちへのお年玉の袋をこたつの上で広げ、何事もないように新年を迎えようとしていらしたところ、大動脈瘤破裂で急死だったそうです。賀津也さんは、虫の知らせか、たまたま菊川市に戻ったところ、携帯電話でお母様の急を聞き、駆け付けたそうです。
 ご葬儀に私も参列させていただきましたが、心なしか、お母様の遺影が「賀津也を頼みます」と語りかけているように、私には本当に感じられました。また、私も焼香の際に「必ず賀津也さんをお支えします」と念じ、榛葉さんのお母様から受けたご恩を返さなければならないと誓ったことを覚えています。

〇榛葉さんのお母様への思い
榛葉さんはお母様について、会合のご挨拶の場などで何度かお話しになっています。「議員の母親ということでいつも負担をかけていました。スーパーに買い物に行くにも、ご近所づきあいするにも、議員の母という目で見られ、周りに気を使っていたと思います。その母が他界しました。母の努力を無にしないためにも、今回は頑張りたい」と。きっと榛葉さんの思いは泉下のお母様に届いていることと思います。

〇私の母と榛葉賀津也さん
ところで、私の母は榛葉賀津也参議院議員のファンですし、亡くなった父も榛葉賀津也参議院議員のファンでした。私の母は「おまえね、賀津也さんは私にいつも『おかあさん、』と声をかけてくれるんだよ」と言っていたことがありました。榛葉さんは、私の母や父にいつもお気遣いいただき、暖かい言葉をかけていただきました。賀津也さんは、榛葉さんのお母様が周りにいろいろな気遣いをされて負担をかけてしまっていることに十分に思いをいたしつつ、似たような立場で同様の思いを持っているであろう私の母に、あたたかい声をかけていただいたのだろうと思います。
 母親思いで、家族や周囲への暖かいまなざしを持つ賀津也さんを私の母は好きですし、私も、私の母にまで気遣ってくださった榛葉さんの人柄を、母同様に、信頼しています。

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「小笠郡に生まれて~榛葉賀津也参議院議員とのこれまで~②代表選



 

「小笠郡に生まれて~榛葉賀津也参議院議員とのこれまで~」
②代表選


〇2015年の民主党代表選
2015年の民主党代表選も榛葉さんとの思い出の中で、印象に残っているものの一つです。2014年の選挙で海江田万里代表が惜敗されたため、代表選が行われることとなったのです。私は2014年の選挙で再選を果たしたばかりでしたが、この時は、静岡県内選出の人が立候補したので、榛葉さんとともに応援いたしました。


〇篠原議員の推薦人をお断りする
 前回のブログで申し上げた通り、私は党内グループの「素交会」の設立メンバーであり、落選中も「素交会」の先輩・現職の皆様方の会合には出席し、鹿野道彦先生や篠原孝先生、大畠彰宏先生には、いつも励ましていただきました。2015年の代表選には、素交会の候補として篠原孝議員が立候補を検討していました。20名という必要推薦人のうち17名が既に集まっていました。篠原先生から推薦人になってほしいとの話がありましたが、本当に申し訳なかったのですがお断りいたしました。その後、篠原先生は、あと1名の推薦人を確保しましたが、20名に届かず、出馬に至りませんでした。その篠原先生が2017年の総選挙直前の両院議員総会において、議員全員の前で前原代表に「小山の選挙区で、希望の党に合流を決めるこの両院議員総会の2時間前に希望の党からの出馬表明した人がいる。小山に公認がおりるということを前原さん、みんなの前で約束してください。」と言ってくれたのです。篠原先生には、今でも本当に申し訳なく思っています(ちなみに篠原さんも私も2017年衆院選は民進党籍を保持したまま無所属で出馬)。

〇掛け持ち禁止を謳ったグループ
 野党の代表選といえども、代表選で推薦人になることは、他の人間関係に齟齬をきたす可能性もあるのです。榛葉さんは静岡出身の代表候補を応援するべく、推薦人に名を連ねました。また、榛葉さんと私が所属したグループは、「他のグループとの掛け持ちは認めない」と公言していたので、榛葉さんは他のグループを退会して、このグループに参加したと聞いています。それだけ覚悟を決めて「この人を支えよう」「この候補を応援しよう」という気持ちだったと思います。ちなみに、私については、こののちも素交会と掛け持ちするのですが、それには背景があります。素交会が「代表選はどちらが勝つにしてもあまり差はない方がよい」という方針のもと、私達と同じ候補を応援したため、私たちの陣営は相当な議員票を獲得することができたのです。そのこともあって、私が掛け持ちすることを暗に認めざるを得なくなったのではないかと思っています。表向きは、「素交会をグループとは認めないので、小山が素交会に行くのはグループの掛け持ちではない」という、ある意味で失礼な理由を挙げていましたが…。

〇榛葉さんの男泣き
 代表選は、私達が応援した候補は、接戦の末、敗れました。その後の集まりで、榛葉さんは、敗れた候補の肩を抱いて男泣きに涙を流し、最後までその場にとどまって候補を慰めていらっしゃいました。榛葉さんのこのような姿を見たのは、現在のところ、この時だけです。他の議員も熱心に応援していましたが、涙を流すほどではありませんでした。榛葉さんには、他の議員との関係が壊れてしまったものもあったかもしれませんし、どことなくこの候補を信じきれないところもあったのだろうと思います。それでもなお「この人を信じよう」と、いったん決めたからには、自分の選挙以上に熱を入れて応援されたのだと思います。自分に近い人が代表に選ばれることで影響力を強めようとか、賭け事をする感覚での応援であれば、いち早くその場を離れて酒でも飲みにでも行ったことでしょう。真心を込めて応援したからこそ流れた涙だったように私には感じられました。

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「小笠郡に生まれて~榛葉賀津也参議院議員とのこれまで~①榛葉さんとの出会い」



「小笠郡に生まれて~榛葉賀津也参議院議員とのこれまで~」
①榛葉さんとの出会い
 

〇榛葉賀津也さんとの出会い
 榛葉賀津也参議院議員と初めてお会いしてから、かれこれ15年にもなります。色々なことがありましたが、これまでのことを思い出しているうちに、私の接した、私の目を通した榛葉賀津也参議院議員について、そのままに書いてみようと思い、筆をとりました。「小笠郡に生まれて」という題名で、何回かにわたって、ブログ等に書いていきたいと思います。
 榛葉議員とは、同じ小笠郡の出身、同じ政党に所属し、特に2012年以降の民主党や野党が苦しい時にも、孤塁を守るような思いで、ともに歩んできました。私にとっては、よき先輩であり、よき上司であり、よき兄のような存在です。だから、ここからは敢えて「榛葉さん」と親しみを込めて書かせていただきたいと思います。

〇静岡県議会議員選挙への出馬要請
 「えっ、榛葉さんとお会いしてから15年にもなるんですか?12年の間違いではないですか?」と言われそうですが、実は、榛葉さんと初めてお話をしたのは、2004年1月のことでした。合併前の磐田市において、当時の民主党静岡県第三区総支部長から県議選出馬の打診をいただき、その件で榛葉さんとお電話でお話ししたことが最初でした。その時は、直接お会いしなかったのですが、とても情熱的にお誘いいただいたことを覚えています。その際には、磐田市が周辺自治体と合併することが決定していたこともあり、私は決心がつかず、出馬を辞退したのですが、今でも関係者に会うと「あの時は逃げたでしょ!?…」といじられることがあり、当時のことを思いだすと、関係者にご迷惑をおかけしたなと申し訳なく思っています。つい最近、ある地区の県議選の打ち合わせの際にこの時のことを思い出して、「あの時はすいませんでしたね」と榛葉さんに話したら「その代わりに衆議院議員も務めたんだからよかったじゃない?!」と笑い話になりましたが…。

〇2009年総選挙
 2009年の総選挙では、榛葉議員のみならず、榛葉議員の後援会の皆様にも応援していただきました。地盤・看板・鞄のない私が、曲りになりにも衆議院議員として2期当選し、議員活動できたことは、榛葉議員と榛葉後援会(榛葉賀津也と歩む会)の皆様の応援なくしてはありえません。また今でも後援会の皆様にも応援していただき、また交流を重ねています。

〇榛葉さんは体育会系? 
 ところで、榛葉さんは、体育会系野球部の出身。選挙の応援の時など、熱が入ってくると野球部の先輩のようになられる時がありますが、きっと高校時代の感覚がよみがえってくるのだろうと思っています。普段の政治活動についての後輩への接し方は、少なくとも私に対しては体育会系のノリではなく、かなり自由に接していただいています。先述のとおり、強い応援をいただき、同じ地元で、期数を重ねた大先輩であるにもかかわらず、榛葉さんが「俺と一緒な派閥・グループに入れ」とか党内での政策議論の際に「この法案には賛否を同じにしろ」とか、そのようにお話になったことは一度もありません。「一般の社会では当たり前だ」と思う方もいるかもしれませんが、こういうことについて支配性の強い先輩議員は結構多いと感じています。

〇後輩に自由に政治活動をさせて見守ってくれた榛葉さん
 私は1期目には鹿野道彦元農相を会長とする素交会の設立メンバーとなって参加し、2期目に至っても素交会に在籍し続けることができました。2期目の際には、現在は自民党に行ってしまった人が会長だったグループに、同じ静岡県選出という理由だけで榛葉議員とともに参加しましたが、榛葉議員から強く要請されたために参加したわけではありません。その後も、素交会と掛け持ちしていることについても、全く自由にさせていただきました。
 私は、派閥・グループ活動や政策・法案の党内議論については、本当に自由に、気持ちよく活動させていただき、また成長することができたと思っています。榛葉さんはそっと見守っていてくださいました。その意味において、榛葉さんには、心から感謝しています。

榛葉賀津也さんの公式HPは以下より。http://www.k-shimba.com/   

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磐田市の水防訓練に参加しました!

6月23日、天竜川河川敷にて磐田市水防訓練があり、出席しました。
水嚢を作る作業をし、また、水防団や関係者の皆様の訓練を見学致しました。豪雨災害が頻発する今日、水害に対してもっと意識を高めていきたいと思いました。なお、この写真は芥川栄人市議が撮ってくださり、メールで送ってくれました。芥川さん、ありがとうございます。


  

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義理が廃れりゃこの世は闇だ、なまじとめるな夜の雨…頑張りましょう!

6月21日、榛葉賀津也参議院議員の総合選対会議に出席。その後、3区・中東遠エリアのメンバーだけで地区選対会議を行いました。最後に、3区メンバーだけで、ガンバロー三唱。榛葉議員の地元でもある私達から熱を伝え、盛り上げていきます。人生劇場の一節、「義理が廃れりゃこの世は闇だ、なまじとめるな夜の雨…」「時世時節は変わろうとままよ、吉良の仁吉は男じゃないか…」が、頭をよぎりました。

  
タグ :榛葉賀津也

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ワーカーズコープ定期総会に出席しました!

ワーカーズコープ連合会第40回定期総会に、篠原孝衆議院議員とともに出席し、ご挨拶。議員立法に理解のある国民民主党参院幹事長の榛葉賀津也参議院議員のことも触れさせていただきました。人間らしく役割を持って働き、生きる、成熟経済時代に、協同労働への期待が高まっていると思います。

  

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街頭活動で感謝感激しました!

6月20日、ある交差点で街頭活動をしていましたら、旧知の方からお茶の差し入れをいただきました。その他にも、手を振ってくださったり、車を停めてお声をかけていただいたり、感謝感激でした。
榛葉賀津也参議院議員と二人三脚で、頑張ります!
また、ライオンズクラブの今年度さよなら例会があり、出席。小林さんの三味線の音色、飛田会長の日本舞踊、素晴らしかったです。


  

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田中ひさやさん、榛葉賀津也さんの総決起大会!

6月17日、JAM静岡さんの、田中ひさやさんと榛葉賀津也議員の総決起大会があり、私も応援の挨拶を致しました。働くものの代表として、お二人にはぜひとも国政で頑張ってもらいたいです。




  

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プレジレントオンラインの記事を見て感じたこと。

マスコミさんの動きや野党現職議員の動きに対する見方が興味深いと思いました。




6月9日の日経「衆参同日選見送り強まる」が最初

6月初旬までさまざまなメディアが言い立ててきた「衆参同日選」説。7月の参院選に合わせて安倍晋三首相が衆院を解散し、同日選に持ち込むという内容だったが、ここにきて急速に沈静化しつつある。

新聞やテレビは「7月21日、参院選単独で行われる」との見通しを伝えている。ただし、その中でNHKはいまだに「解散見送り」と報じていない。なぜNHKは「それでも同日選の可能性が残っている」とみているのか。その理由を解説しよう。


参院決算委員会で、挙手する安倍晋三首相(右)=6月10日、国会内(写真=時事通信フォト)

同日選見送りの流れをつくったのは6月9日の日経新聞朝刊だ。政界情報は慎重に裏取りしてから報じるという評判の日経が1面で勝負をかけた記事は、それなりにインパクトがあった。ただし見出しは「衆参同日選見送り強まる」。記事の中身も「見送る方向が強まってきた」で、断定はしていない。確信がなさそうにも読める。

確証がなくても後追いするマスコミの横並び意識

朝日、読売、毎日、産経などのライバル紙も一斉に10日夕刊や翌11日朝刊で日経報道を追い掛けた。これで、同日選報道が事実上打ち止めになった形だが、やはりどこかで逃げを打った書きぶりが多い。

全国紙の政治部幹部クラスに事情を聴くと、「7、8割、同日選はないと思っていたところで日経報道が出た。後追いするしかない」「日経報道を受けて追加取材したら、おおむね裏打ちする情報が取れたので追随した」というような回答が帰ってきた。一時と比べると解散風が弱くなっているという共通認識はあるものの、どこの社も絶対の自信は、ないようだ。

日本のメディアは今も、大きなニュースを報じるときは横並び意識が働く。どこかの社が、先んじた報道をすると、確証がなくても後追いすることが少なくない。今回は、その典型例だったのではないか。










  

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ブレずにまっすぐ頑張ります!

袋井市内にて、連合OBの皆様にご挨拶。勿論、榛葉さんのアピールも致しました。
暑くなって参りますが、お身体ご自愛いただきたいと思いました。
先日、東京にて篠原孝衆議院議員をゲストに定例の勉強会を開催。篠原孝議員、平野博文議員、伴野豊元議員、原口一博議員、私の5名は、衆議院議員の現職・元職で一度も離党・入党をせず、現在に至っています。ブレス国民民主の第3郵便物認可が平成9年4月25日であることも象徴的なことの一つですが、この党は民主党であり、民進党であり、新党ではないのです。
これからも原点を忘れず、同じ姿勢の先輩方とともに、活動してまいります。


  

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小山展弘報告会を開催しました!

6月8日、浜松市天竜区春野町にて、榛葉賀津也参議院議員をお迎えし、「小山展弘報告会」を開催しました。芥川栄人市議会議員(磐田市)が司会をしていただきました。途中から榛葉賀津也参議院議員の春野町決起大会に切り替えました。東京の一極集中の問題や、都市と地方の格差の問題など、地方の疲弊は極まっています。課題を解決するべく、現場の声を聞くことは、都市型政党ではない私達の務めであると思います。
また、夕刻には浜松駅前のソラモにて、榛葉賀津也西部地区決起大会が開かれ、私も応援のご挨拶を申し上げました。




  

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市民連合しずおか中東遠のお知らせです

市民連合しずおか中東遠結成のお知らせです。




日 時 6月15日(土) 13:30~16:00

場 所 ワークピア磐田 多目的ホール

プログラム 第一部 「市民連合しずおか中東遠」結成総会  第二部 記念公演 山口二郎氏

ゲスト 山口二郎氏(安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合 呼びかけ人/法政大学教授)

結成準備会連絡先 桑原道泰 電話 0537-29-1103
  

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プロフィール
小山展弘
小山展弘

<主要経歴>


1975年12月26日 掛川市(旧大須賀町)生まれ,
磐田育ち(43歳)



大須賀町立横須賀幼稚園卒園,

磐田市立磐田西小学校卒業,

磐田市立磐田第一中学校卒業,

静岡県立磐田南高等学校卒業,

早稲田大学政治経済学部政治学科卒業,

早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了,

農林中央金庫勤務,

日本公共政策学会入会

平成19年6月より民主党静岡県第3区総支部長,

一般社団法人 磐田青年会議所会員


平成21年8月より平成24年11月まで衆議院議員


平成26年12月より衆議院議員(2期)
平成29年10月第48回衆院選にて惜敗


<社会ビジョン,取組テーマ>


「協同・連帯」「共生・安心」社会の実現
・生きていくうえでの不安や、リスクを社会で分かち合う、「安心」して暮らせる社会の実現
・安心社会を築くために、自立心を持った個人の助け合いによる協同、個人と組織、組織と組織の助け合いによる連帯、セーフティネットを維持構築する社会の実現。
・自分とは異なる立場の人とも共存できる、共生社会の実現、
・どんな地域・立場であろうとも、日本に住んでいてよかった、と感じられるような格差の是正、ナショナルミニマムの維持・構築
・公正・公平な政治の実現(選挙の有無にかかわらず、必要性を以って予算・事業を判断する、当たり前のことを当たり前に行う政治)
・「額に汗して働く勤労者が報われる、公正で安心を保障できる社会」の実現,

・安心して子育てのできる社会構築、地方分権の推進,農林水産業の振興等。



<プライベート>


特技;水泳,弓道(弐段),

資格;銀行業務検定(財務,法務,税務),コンプライアンスオフィサー等。



<尊敬する人物>


徳川家康,二宮尊徳、石橋湛山,石田博英

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