民主党代表選について私の考えを述べたいと思います。
私は、民主党代表選については、次のような要件を備えた人が代表にふさわしいと考えています。
1、政権交代の理念、原点に民主党の軸足を戻すことができる人。新自由主義や市場原理主義の立場には立たず、政治や行政は格差是正や市場競争の結果生まれるひずみ、諸問題を解決すべき、適切に市場に関与すべきという立場に立つ人。
2、党内の意思決定過程のプロセスを改善すること、意見集約の仕組みを整えることを公約する人。また、仕組みを整えたうえで、そのような党内融和の姿勢を持っている人。理念は、代表選に勝利した側が軸足を定めていくことはすべきであると思いますが、その一方で、自分と異なる立場の人の考えも認め、同じ党内にとどまる以上、同じ党の仲間としての思いを持つことが必要だと思います。代表選に勝利した側は、代表選に勝利すればこそ、負けた側の意見をいかに吸い上げることができるかが、吸い上ようとする姿勢を持てるかが、重要です。
3、一部の強い支持がなくても、全党的に最低限の信頼のある人。議員個人の信念に従って造反等を行うということは、特に政権公約に掲げられていない内容については、私はやむを得ないと思いますが、党代表としては、どんなに素晴らしい人であっても全党的な信頼を得ることは困難であると思います。
4、安定感のある政治を実現し、東北地方の復興や災害対策の推進、原発事故の収束に取り組む人。
5、1~3を実現するために必要な経験を有している人。
私は、これらの4つの私が考える要件を備えた人は鹿野道彦議員しかいないと考えております。火曜日に行われた鹿野グループの定例会で、また、先週に行われた数人の鹿野議員との会合で、私は、単独で鹿野議員に出馬要請いたしました。
鹿野議員は、均衡ある国土の発展を目指した古き善き保守と、ヨーロッパ型の社会民主主義の考え方をまとめ上げたような理念を持たれている方です。また、党内運営についても、これまで党内融和にもっとも尽くされてきました。一部のグループ内の議員には、年齢的に選挙の顔にならないから、ということで、鹿野議員に補佐的な役割を求める人もおりますが、私は、鹿野議員の掲げる理想や理念、そして党内運営方法を実現しようとするならば、実現しようと思えばこそ、党代表選挙に出馬し、党代表に就任するしかないと思っています。
1期生議員の中には、とにかく選挙の顔になる人に変えたい、という代表選を望む人と、政権交代の原点、政権交代の理念に民主党を一日でもいいから戻したいという考えから代表選を望む人がいます。私はもちろん後者に属しますが、意外に後者の政権交代の理念に純粋な一期生議員は多いと思っています。離党していった人たちの中にも、選挙のためとか、政局のためではなくて、むしろ政権交代の理念に純粋だからこそ離党した人もいると私は確信しています。だからこそ私は、今回の代表選は、年齢であるとか、選挙の顔になりそうとか、そういうことで選ぶべきではないと考えているのです。年齢など関係ありません。上記の理念を明確にすることが大事です。そして、もし、私や私と同じように考える人たちによって、政権交代の原点、新自由主義路線ではない、助け合いの社会の路線に立ち戻ることができるならば、それは、自助を明確に打ち出している自民党さん(特に小泉・竹中系統の人たち)、明確な新自由主義路線のみんなの党さん、小泉・竹中さんのブレーンが数多く集まっている維新の会さんと違った理念を提示することができる、差別化を図ることができると考えております。ちなみに、私は、民主党は政権交代の時に掲げていた理念や目指すべき社会の方向性が間違っていたのではなく、その理念や理想を実現するためのプロセスに誤りがあり、いろいろなご批判をいただいていると考えております。理想や理念を実現するプロセスについては、私たちも成長していかなければなりませんが、私は、掲げるべき理念や理想を捨ててしまってはならないと考えています。
私は、繰り返し申し上げますが、民主党が目指すべき社会の方向性や理念を決める代表選挙にしなければならないと思っています。そして、私は、詳細はブログ記事「協同・共生の社会を創ろう」に書いた通りですが、政権交代の理念、原点に民主党の軸足を戻すことができる人。新自由主義や市場原理主義の立場には立たず、政治や行政は格差是正や市場競争の結果生まれるひずみ、諸問題を解決すべき、適切に市場に関与すべきという立場に立ち、そちらに民主党の軸足を戻してくださる方に代表になっていただきたいと考えております。しかしその一方で、自分と異なる立場・考えの人達、たとえば野田グループの人たちや前原グループの人たちも、同じ党の仲間であります。今までのいろいろな経緯の中で、今の民主党が構成され、存在しています。私たちからすれば、政権交代の理念こそ民主党政権の原点であり、また、結党以来の考え方であると考えております。しかし、野田グループや前原グループの人たちも、自分たちこそ、本流であると思っていらっしゃいます。たしかに、一時期、都市型政党として新自由主義的な政策に党が向かった時期もあったと思います。それらを全否定してしまってはいけないと思います。共通する部分があるからこそ、同じ党に所属しているのであり、共通点を見ず、相違点ばかりを見て、純化することだけは避けなければならないと思うのです。そして、その定めた理念については、未来永劫、不変というものではないと思っています。ドイツの社会民主党でさえ、綱領を変え、時代の要請に合わせて変化しています。まったく変化しないという方がおかしいのです。今回定まる軸足も、民主的な手続きに従って、党内合意をえられるのであれば、将来、変わることもあると考えています。
最後に蛇足的なことを書きます。よく、このようなブログや意見を書くと、「一期生の議員が社長に向かって文句をつけるみたいで生意気だ」という人がいます。また、両院議員総会は、混乱していて、社員総会のように整然としていないといわれます。
私は、そもそも、一期生議員を新入社員に例えたり、両院議員総会を社員総会に例えることが間違っていると思います。政治は商売ではありません。そのような要素がゼロとは言いませんが、まったく同じであるかのように考えることは明らかに間違いです。
敢えて例えるのであれば、株主に近いと思うのです(もちろん、例えること自体がおかしいのです。敢えて例えれば、ということです)。また両院議員総会は、株主総会に近いと思うのです。株主総会は、企業に問題あると揉めます。もちろん、両院議員総会も株主総会も揉めないことが一番よいのですが…。
会社の社長は、取締役会で決定され、その取締役会には、株主の意向が強く働きます。社長は社員集会によって決まっているわけではありません。しかし、現在の民主党の代表(野田さん)は、両院議員総会によって選ばれています(今度の代表選では、党員・サポーター投票もあります)。だからこそ、それぞれの議員は選出に責任があります。どちらかといえば、一人一票ですので、株式比率で投票数が決まる株主とは一緒ではありませんが、社員よりも株主により近いと思うのです。
また、党の支部長としてはともかく、少なくとも両院議員総会で代表を決めているわけですから(党の総支部長には投票権はないのが今の規約です)、構成員は国会議員になるわけです。国会議員は、民主党代表の面接で選ばれているわけでもなければ、代表から給料をいただいているわけでもありません。公職選挙によって選ばれているわけです。ですから、その構成は、株式会社の社員と異なるわけです。また、年齢や期がどんなに異なっても、それぞれ選挙区を代表しているわけですから、平等だという意識も持っていなければならないと思うのです。もちろん、長幼の序や、先輩議員に対する敬意というものは持たなければならないと思いますが、だからと言って意見も言ってはならない、ということは逆に責任放棄であり、思考停止であると思います。